建築と光

建築における光(ここでは自然光)は大きなテーマです。

建築はシェルターです。外界から身を守るための殻であることが建築に求められる第一の要件です。遮断することが一番大事なことです。

ところが光を取りこむということは、シェルターに穴をあけることで、せっかく閉じたものに弱点をつくることになります。

建築空間に差し込む一筋の光がありがたく時に神聖なものに見えるのは、元来あるはすがないものを与えられたことへの感謝の念や意外性が無意識にあるからだと思います。それをうまく使っているのがロマネスク様式の教会建築です。ゴシック教会もステンドグラスに光を利用していますが、ロマネスクのほうが光の扱いはよりストレートです。

空間の中での光に人は無条件に惹きつけられるのだと思います。視線の先に光があると、どうしてもそちらに行ってしまいます。それを利用して計画するとサインに頼らない、感覚に従った自然な動線がつくれます。

 

 

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東京の寺町

台東区谷中地域は私たちの事務所からそう遠くないところにあります。谷中はいわゆる谷根千地域(谷中、根津、千駄木)の一角をなす街で、最近は、特に週末に街歩きの人々が多く集まります。低層木造住宅が密集する中に通る路地や、昔からある商店街などの懐かしい風景が人々を呼び寄せているのでしょう。

谷根千の中でも特に谷中は寺と墓地が多く、日本的な風情と都市の中のボイドを感じさせます(墓地の上は空が広い)。どこかの田舎に来たかのようです。

谷中は寺町です。

では寺町とは谷中以外に東京にどれだけあるだろうと気になり検索してみると、

・港区三田魚籃坂付近

・世田谷区北烏山

・足立区東伊興

などの地域が出てきます。すべて知りませんでした。以外なところに寺が密集する場所があるのですね。訪れたことがある記憶では豊島区雑司ヶ谷から南池袋にかけての地域や大田区池上本門寺周囲にも寺が多いです。

私は寺という施設・組織が現代社会の中でどういう風に(特に経済的に)存続してるのか全く知識や関心がなく来ましたが、これらの地域になぜ寺が集約されたのか、その歴史的経緯には興味があります。それはここでは置いておくとしても、寺が密度濃くある寺町の街並みには惹かれます。いまや東京ではとても貴重な景観だと思います。貴重ですが寺町の景観は将来にわたって変化はゆっくりだと思われます。墓地をつぶして宅地にするわけにはいきませんから。

京都や鎌倉であれば境内に入る参観料を取られることが多いですが、都内の寺でそういうところはあまり多くないです。しかし東京の寺は、お金は取られないけれども檀家でもない限りその敷地内に入ろうという気にはなりません。

グーグルマップで谷中の寺を上空から見ると、庭園を整備しているらしきところもありそうです。そういう丹精された庭を見てみたいです。東京の寺も境内の個性を競い合い、見る場所・体験する場所になると街の散策もより面白くなるのではないかと思います。

グーグルマップで「寺」を検索すると密集する場所がわかります。知られていない寺町を探してみるのも面白いかもしれません。

 

 

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建築を評価するということ

建築は、デザイン的な側面、性能的な側面、コスト的側面、文化的・社会的な側面、いろいろな視点で眺めることができるものです。これは建築の面白さです。

ところが、ある建築を総合的に評価しようとすると、とたんにどの立場から言葉を発したらよいのかわからなくなってしまいます。評価軸がたくさんありすぎるからです。

だから「デザインはいいけど暮らすのは難しそうだな」といった感想がよくおこります。それはよい建築なのでしょうか、悪い建築なのでしょうか。

 

私は建築を評価することに自信を持っています。ここでいう「建築」とは「住みやすい住宅」とは若干違うかもしれません。もう少し多くの文脈を含む建物のイメージです。

では私がどういう目で建築を見るかといえば、それは「複雑さ」があるかないかです。そういう目で見れば建築の本質的な良し悪しを見抜くことができます。良し悪しとは、言い換えれば価値観が変化する世界で永く使っていく意味があるかどうかということです。

デザイン優先、アイディア優先、性能優先、コスト優先、が簡単に見透かされてしまう建築は、ほとんどのものは価値がないと私は考えます。

建築の総体としての価値は、設計者が様々な建築の側面に対して逡巡した痕跡があるかないか、ずばりそこにあると考えます。

迷いなく性能を捨て去りデザインの完成度だけを求めた建築は、いかに美しい空間を持っていてもそれは人間の複雑さに比して単純すぎ、すぐに飽きが来ます。

デザイン優先の建築はあってもよいのです。しかしそれでいて価値ある建築というのは、なぜ他のクライテリアを捨てたのか、その思考の跡が見えます。取捨選択の十分な思考がされていれば時代が移り見る目が多少変わっても建築は生き抜くことができます。

 

人間は複雑な生き物です。人間を包む建築が、その複雑さに追いつこうとしないで何の意味があるでしょう。

私たちが住宅の断熱性能にこだわるのも、快適さを求めるからであるのは当然ですが、同時に、何かを簡単に捨てれば建築の複雑さを保持できない、だから何とか踏みとどまりたい、そう考えるからです。

 

 

 

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「panorama」現場 7月5日

 

panoramaの現場です。

内部の工事が進んでいます。

耐火被覆や吹付け断熱の施工が完了しました。

外壁の大半はALCですが、通常品より表面がフラットで目地巾が小さい製品としています。普通に見るALCよりアスロックに近い印象です。いまは表面の補修をしています。これから塗装をおこないます。

 

 

 

 

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ジュゼッペ・テラーニ

イタリア近代の建築家ジュゼッペ・テラーニのことをふとした拍子に思い出しました。すっかり忘れていましたが、そういえば20代のころに彼の建築を見たくて一人旅でコモ、ミラノをみてまわったことがありました。

その時は同世代のアダルベルト・リベラ設計のマラパルテ邸もカプリ島まで見に行きました。

イタリア半島をけっこうな距離縦断したことになります。

テラーニはコルビュジェたちより少し若く建築の開拓者という受け取られ方はされません。そのためか日本の建築教育のなかではうまく位置づけることができていない人だと思います。もちろんイタリア合理主義建築は日本でも広く知られてはいますが、1983年の『SD』以降建築雑誌で特集されたのを見た記憶がありません。

1943年に39歳という若さで亡くなっています。十数年の短い活動で残された作品の完成度は目をみはるものがあります。代表作カサ・デル・ファッショ(テラーニはムッソリーニに接近しています。)は1936年完成ですから32歳ころの作品ですが、特にホール空間のデザインの熟練度は32歳の仕事とは思えません。

一言でいうとテラーニのデザインはレイヤーのデザインだと思います。特にファサードでのレイヤー的造形で奥行きと透明感のある外観をつくっています。

モダニズムのデザインは「透明性」という概念・イメージと強く結びついています。テラーニは建築の透明性を最も早いうちに高い水準で現実の建築に表現しえた建築家ではないでしょうか。コルビュジェの後追いと片付けるべきではありません。彼の手法は現代建築家リチャード・マイヤーや槇文彦といった人たちに受け継がれているように私には思えます。

テラーニはレイヤーをつくる際に、フレームや庇のような付加物をつけることがよく見られます。何の用途かよくわからないものもたまにあるので、これらは多分に装飾的性質を持つと思います。

パラダイムをつくる人、それを洗練させる人、どちらもいて歴史が動いていく、そう思えないとテラーニの建築には納得できないでしょう。パラダイムシフトに関与できる人は建築デザインの世界では100年に数人であることを思えば、テラーニのような建築家の意味が分かります。

 

 

 

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「H2プロジェクト」現場 板金打合せ

今日は板金の打合せです。板金の仕事がピシッと決まると建築が引き締まって見えるのでとても大事な工事です。屋上笠木の納まりを板金屋さんがその場で紙を折り示してくれました。雨仕舞い、意匠性、作業性、コストいろんな視点でディテールを詰めていきます。

 

 

 

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