今日はO HOUSE のキッチンを見てみます。
丘の上に建つこの住宅の2階はドーム状の天井に包まれた、暖かな安心感のあるリビングです。帰宅して緩やかな階段を登ってくると、キッチンと暖炉と夕陽も落ちかけた淡い光の中の人影。または、朝あわただしく支度をしながらキッチンの周りを動く大人や子供たち。まるで「うち」を見守るようなキッチンだなあ、と改めて写真を見ながら思います。
リビングのテレビ台とキッチンの収納棚を一続きにつくり、リビングの中のキッチンの存在を小さめに見せています。
今日はO HOUSE のキッチンを見てみます。
丘の上に建つこの住宅の2階はドーム状の天井に包まれた、暖かな安心感のあるリビングです。帰宅して緩やかな階段を登ってくると、キッチンと暖炉と夕陽も落ちかけた淡い光の中の人影。または、朝あわただしく支度をしながらキッチンの周りを動く大人や子供たち。まるで「うち」を見守るようなキッチンだなあ、と改めて写真を見ながら思います。
リビングのテレビ台とキッチンの収納棚を一続きにつくり、リビングの中のキッチンの存在を小さめに見せています。
こちらは「小さくて広い家 K HOUSE」のキッチンです。
急勾配の天井を細かなピッチで並ぶむき出しの梁が支えるリビング空間。リビングの床面積は大きくありませんが、テラス窓越しにゆれる木々の葉、その先の空、移ろう光、時間の豊かさが感じられる場所です。
そこにそっと小さな箱をおきました。シンクと2口コンロだけの本当にシンプルな箱です。自然光の入る食器棚も、キッチン周りの雑多なモノたちの存在を、少し軽やかにしてくれるのではないかと思います。
奥のカギ型の壁は冷蔵庫置き場です。
少し前のことですが、建設中の「墨田の家」が上棟しました。
木造2階建ての住宅です。1、2階とも階高を大きく取っておりだいぶ背が高い軸組みが立上がりました。
今日は朝から、まるで海水浴にでも行けそうな夏日。
こんな太陽もったいない!と、洗濯を開始しました。大量のデニムやらパジャマやらを干し終え事務所に向かい、PCをつけメールをチェックしながら今日一日の予定を考え、、、ふと、お正月まであと3ヶ月をきっているという現実に気づきました。
まだ半袖なのに、、、
と急に、夏休み前から連絡を取ろうと思い続けている友人一家の顔が浮かび、そういえば、家の玄関も少し整理してかっこよくしたいなあと去年(いや一昨年か??)から思っていたことも思い出し、すると「やりたいとおもっていながら手もつけていないこと」がぽつぽつと思い浮かんできて、なんだか残念な気持ちがしてきました。
今晩は、布団に入ったらスマホなんかはいじらず、ゆっくり頭の中を見渡して「今からでも間にあう!やるときっと楽しいことリスト」を練ってみようと思います☆
プロポーションという言葉は、人の体形を表すときに使われることが多いですが、建築の世界でもよく使われる言葉です。
建築の場合は縦横比とほぼ同義語で、外観立面の幅と高さの比を表すときなどに使います。古代ギリシアにおいてもプロポーションは神殿建築の美的調和を論ずる際に重要な要素でありましたし、ル・コルビュジェも比例を大事にしていました。
大事なものであるのは何となくわかるのですが、その有用性を説明しようとしてもなかなかうまく言えない、どの比例がもっとも良いものなのかがはっきりわからない(黄金比などありますが)、という曖昧さがある概念だと思っていました。
その曖昧さが払拭できたわけではないのですが、あるときこんなことを思いました。顔がわからない程度に遠くにいる人を見てその人が誰なのかを判断するとき、体の各部寸法の比を記憶の中の誰かと照合しているのではないかと言うことです。そう意識してみると、もののプロポーションは強く記憶に残るものであり、それだけを頼りにしてもかなりの精度で、しかも一瞥だけでも、ものの差異を見分けられることに気づきます。
とすると、建築におけるプロポーションも、最初に見たときの瞬間的な印象を左右するものであり、だからこそ古代から重要視されてきた、と言えそうです。一方で、建築は大きいので全体を味わうのに時間がかかります。第一印象だけでは良し悪しがわかりません。細部の造形はゆっくりと感じるものでしょう。
古代ギリシアからある建築の「オーダー」とは比例と装飾(=ディテール)が組み合わさった設計システムですが、これは「ぱっと見の印象もよく、近づいて細部を見てまわってもすばらしい建築」をつくるための、ツボをおさえた極意だったと言えるのかも知れません。