ザハの80年代

ザハ・ハディドは、コンペに勝ち2020東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアム設計者に指名され、急に日本でも名が知られるようになりました。その後の契約中断、再コンペというごたごたのなか、昨年3月に65歳で急逝してしまったことは驚きました。

彼女に、実現する建築がほとんどない「アンビルト」と呼ばれる時代があった、そのへんまでは報道もされていますが、そのころの活動内容までは一般のメディアではなかなか紹介されません。今日は久しぶりに昔の作品集を開き若いころの彼女の作品を思い出してみます。

彼女は80年代に個性的な建築、都市のドローイングでその名を知られるようになりました。いま世界で実現している彼女の建築は、にゅうーっと引き伸ばされてつながっていくような形が多いですが、そのころのドローイングに描かれる建築はそれとはやや異なります。当時は、小さな断片が空中にばら撒かれ浮遊するようなイメージを描いています。これは近代ロシアの芸術家マレーヴィチの影響が大きいのですが、ザハ・ハディドの絵は、まるで無音の宇宙空間の出来事を描いているようなひんやりとした質感が独特です。人が使う建築を描きながら人間はおろか生き物の気配がまったく感じられない様は、新築の廃墟に迷い込んだような不思議な感覚をうけます。もうひとつの特徴は、ゆがんだパースペクティブの使用で、これは晩年まで一貫して見られるもので、彼女の生涯の関心ごとだったことがわかります。

もちろんこれらは(CGではなく)手描きのものであり、純粋な絵画作品としてみても質が高く魅力的なものです。私はこのころのドローイングが好きです。

当時私は、これらのドローイングはなかなか建設に至らない彼女の表現欲を発散・爆発させる場だと思っていましたので、パワーやエネルギーといったものを感じていました。しかし今あらためて見て、それぞれの絵は緻密に丁寧に描かれたものであるのがわかります。彼女の中の静かな部分を見る気がします。彼女は21世紀に入り大胆で複雑な造形の大型プロジェクトを次々に実現していきますが、そういう建築の実現の裏には一般の建築の何倍もの膨大な地道な作業があるはずです。建築に向かう忍耐強さという点で、若き日の丹念に手で描かれたドローイングと連続性がある気がします。